中3の生徒が
「夏休みの間、毎日塾で自習させてください。」
「家だとダラダラして勉強できないと思うので。」
と、急に言い出しました。
本人と話し合って、夏休みの間に数学を集中的に鍛えるために
月〜金の9:00〜12:00と、火, 木の夜の授業を数学に充てることにしました。
この生徒との付き合いは2年以上になります。
あくまで私の見立てですが、
彼は小学校の時に受けた、ある経験から、
自分にとって『安全な世界』から出ることを
極端に怖がっているように思います。
端的に言えば、その出来事以来、
彼は安全な世界の中で、同じ場所を
グルグルと回り続けているように思えます。
それと同時に、その世界から出ようと
必死にもがき続けてもいます。
彼にはこれまで、ひたすら外の世界に踏み出す機会を用意し続けてきました。
その度に彼は一歩踏み出すことに挑戦しますが、
すぐに安全な自分の世界に引き返します。
野外に連れ出すと、出発地点が視界から消えるカーブを通過した途端に
「今日はこれ以上は無理です。」と言います。
これまでに何人もの「学校に行くのが辛い生徒」が
劇的に変わって前へ進み始める瞬間に立ち会ってきました。
一人ひとり、抱えている悩みも、状況も、有効な手立ても異なりますが、
典型的なパターンとして
退路を断つ決意をしたり、
もう後がないと意識したときから
大きく変わっていくものです。
当塾は中学生のみを対象としているので、
中3の夏休みは、入試まであと半年であり、
私が関われる時間もあと半年になります。
中3の夏休みは、「変わるのであればこれが最後のチャンス」
と生徒が意識するゴールデンタイムなのです。
そんな夏休みに、彼は毎日塾に通って数学を鍛えることを選びました。
円周角の定理
今日の午前中は「円周角の定理」を一通り解説して終わりました。
夜の授業で
「では、問題を解いてみよう!」

(1)、(2)はすぐに解けましたが、しばらく悩んで
「(3)がわかりません。」
「えーっと、(1)、(2)は正解だね。だから、円周角の定理は理解してるんだよね?」
「はい。」
「じゃあ、対頂角が等しくなるのは? 大丈夫だね。」
「三角形の内角の和は?」
「180° です。」
「OK! それだけわかっていれば、この問題は解けるはずだから工夫してみて。」
・
・
・
<15分経過>
「ヒントください。」
「う〜ん、さっきのが最大のヒントかな?」
「つまり、円周角の定理と、対頂角が等しくなることと、三角形の内角の和しか使わないってことだよ。」
「これがヒントです!」
・
・
・
<さらに15分経過>
「先生、ちょっとトイレに行ってきていいですか?」
「はい、どうぞ!」
彼にとって、トイレは体勢を立て直すための安全地帯です。
彼はとてもIQが高いです。
かなり高度なことを説明してもすぐに理解します。
ただ、「頭で理解すること」と、「実際に行動すること」は別です。
「道具を持っていること」と、「道具を使いこなすこと」は別であるように。
彼は「自分が上手にできること」でできた安全な世界から一歩踏み出して、
できるかどうかわからない事がいっぱいの世界での経験が少ないように思います。
彼は高い知能を使いこなす経験を
あまり積んでこなかったのだと思います。
つまり、うまくいかないときに見方を変えたり、自分にできることを工夫して解決する
という経験が少ないので、すぐに安全地帯に引き返したくなるのだと思います。
彼に今一番必要なのは、
『ちょっと辛くなっても引き返さないで、一度始めたことを最後までやり抜いた』
という経験なのだと思います。
この夏に、彼が『数学を使って未知の世界に挑戦する』ことを選んだのは、
とても彼に合ったチャレンジの方法だと思います。
トイレから出てきた彼に
「じゃあ、ヒントその2ね!」
「(1)、(2)が解けたんだから、円周角の定理のこの部分は理解してるんだよね?」

「はい。」
「でも、円周角の定理ってそれだけじゃないでしょ?」
「これもあったでしょ?」

全て中心角の1/2になる
「あっ…」
問題集に目を落とし、2秒ほど問題を見つめると、
彼の目が “解凍” されたように動き出し、
「87°です!」
「うん、正解!!」
「じゃあ、せっかくだから、87°に至った過程を書いて説明してよ。」

「そう! 素晴らしい!!」
チ。 -地球の運動について-
彼は『チ。 -地球の運動について- 』という漫画が好きで全巻揃えて持っています。
15世紀のヨーロッパを舞台に、地動説を巡る人々の姿を描いた漫画です。
地動説を探究する主人公たちは教会から異端思想者として捕えられ、
処刑されたり、自ら死を選ぶ状況に追い込まれたりするので、
この漫画では何人もの主人公が交代して登場します。
主人公たちはそれぞれ異なる理由から地動説を探究します。
理由は異なりますが、彼ら彼女らは
命を奪われる最後の瞬間にあっても、
己が真実を探究する姿勢を曲げようとしません。
「人は何のため命を賭してまで真理を探究するのか?」
そういう哲学的なテーマを扱った漫画です。
主人公の1人にヨレンタという
数学の能力に秀でた女性が登場します。
彼女は後に反教会勢力を率いる組織のリーダーとなり、
地動説が正しいことを証明した本の出版を試み、
最後は異端審問官である実父の目の前で、爆薬に火をつけて自死します。
今日、生徒が数学の問題を考え続けているあいだ、
ふと、彼が好きなこの漫画のことを思い出しました。
彼は恐怖に抗いながら、
何度でも、何度でも
安全が保障されない世界に挑もうとしています。
彼がこの漫画に強く惹かれることと関係しているのではないかな?
彼の中には、小学生の頃の理不尽な体験への恐怖や怒りと共に、
それでも消えない自分自身の真理の探究が秘められているのではないかな?
そんなことを感じました。
科学はこの世界がどのような原理で成り立っているのかを追求する学問です。
数学はそのための強力な道具になります。
科学も数学も、ひとかけらの嘘もごまかしも許容しません。
科学の研究をしていると、矛盾がある限り
ひたすら「No」という答えが返ってきます。
数限りない「No」の積み重ねの果てに、
最後まで問い続けた者にだけ「Yes」が返ってきます。
彼の何度でも挑戦し続ける姿に、科学や数学、そして哲学の才能を感じます。
日本では博士の称号に「工学博士」、「農学博士」などと
学部の名前が用いられますが、国際的には
医師を除く科学分野の博士はすべて哲学博士(Doctor of Philosophy)と呼ばれます。
『科学の知識や技術を、哲学を伴って行使できる人』という意味です。
彼が「理解すること」だけでなく、「使いこなすこと」に目覚めた先には、
もしかしたら科学や数学を含めた哲学の道が続いているのかもしれません。